世界の修正者 第二十七話『いえない渇き』

『んーとね……まぁ、簡単にいえば、もう声の思うままには操られない! ってことかな。ラサールさんと対峙した後に色々思う事があってね』
 詳しい説明は後だ、なんて言い、辰巳は松尾に事情を深くは話さなかった。松尾の疑念を招くというデメリットを承知の上で多くを語らなかった。時間がないという理由もあったが、もっと別の大きな理由があった。
(あんなん他人にはよう言えへんからなぁ)
 辰巳が欠片に打ち勝った理由も、松尾にきっかけを話せなかった理由も、すべては辰巳が抱える『癒えない渇き』にあった。

 それはまた、数十分以上前にさかのぼる。あの時辰巳はラサールの言葉に惑わされて隙を作ってしまい、転ばされてしまった。唯一の武器である剣も蹴り飛ばされた。
『こんなのにとらわれるな! 辰巳、お前ならできるだろ! やってみせろ!』
『俺が帰ってくる前に、やってみせやがれ……信じているからな!』
 そう言って、ラサールは辰巳を置いてどこかへ行ってしまった。間違いなく、このままミスの元へ向かうのだろう。普通ならばすぐにでも起き上がり追いかけるべきなのかもしれないが、辰巳は起き上がることができず、寝そべるように転がっていた。今はとにかく、ラサールの言葉に対して答えを出したいと思ったからだ。
(そうは言うけど俺かて何も考えなかったわけやない)
『起き上がれ取り込め取り込め取り込め引き込め引き込め!』
 頭の中で欠片の声が何度も響く。声に悩まされながら辰巳は考えた。
 欠片を飲まされた当初は、辰巳もどうにかして頭の中の声に抗う事を考えていた。耳をふさいだり、頭の中で大音量の音楽をかけたり、ヘッドホンを装着して実際に音楽をかけてみたりした。それでもなお、頭の中の声は消えることなく辰巳を蝕み続けた。
 大切な家族の事を考えた事もあった。家族がいるのにこんなことをやっていていいのか、こんなものに負けていていいのか考え続けた。しかし、クイズに少し噛んでいた娘を一連の事件から遠ざけることで精いっぱいだった。未だにこんな自分の姿を家族に見せたくないとは思うが、声に勝つまでには至らない。そうしているうちに、辰巳は声に抗う事をやめてしまった。
『起き上がれ取り込め取り込め取り込め引き込め引き込め』
 声はずっと止まない。考えることをやめた瞬間、また操られそうになるほどの呪いの言葉が聞こえる。
『あぁそうだ。絶対にこんなのに負けない! 誰も傷つけたくない! 世界を救いたい! こんなことやってる場合じゃねぇ! 俺は俺の考えでこれをやりたいんだ! やりたいことがあるんだ! 邪魔するな! ってなぁ! 声に流されてないでそれだけ考えればいいんだよ!』
 多数の呪いの声の中に、ラサールの言葉が重なる。
(ラサールさん。あなたは世界を救うって言う大それたやりたいことがある。確かにそれなら、声にも負けないぐらい強い思いを生むかもしれない。けど俺に、家族を守りたい以外の何があるって言うんですか? それよりやりたいことや、それより強い思いなんてあるはずがない……!)
 声にも、この状況をどうにかできない自分にもうなされる。
(あぁ、うなされると言えば。数年前に家に帰って、疲れていたからすぐにソファで寝ていた時に、真理恵に叩き起こされたことがあったんだっけ)

 愛娘にゆさゆさと体を揺らされ、ぺちぺちと頬を叩かれた時の記憶が蘇る。
『お父さん、お父さん!』
『うわぁっ!? な、なんだ真理恵かぁ。なぁ、どうして起こしたん? 俺、寝てたんやけど』
『だって、ものすごくうなされていたから心配になって。大丈夫?』
『え、そうなん? そら、心配かけてごめんな。けど全然覚えていない。俺、なんか変な事言うてた?』
『うーん、クイズに答えていた』
『クイズ……あ、あー! あれか!』
『え、何?』
『クイズね、クイズ。確かに心当たりはあるんだけどね、今度テレビで放送されるから、内緒』
『えー、気になる!』
『なーいしょ』

(そうや。あん時うなされていた理由はクイズ番組で最後に宇治原に負けたからやったっけ……せやから、夢の中でずーっとクイズを解いていたんやろうなって結論づけたんやったか……あ、あぁ!)
 あの日の出来事を思い出したことがきっかけとなり、本のページがぶわっと一気に開かれるように記憶が流れ込んでゆく。すべては、宇治原と自分のクイズでの歴史だ。

 初めて宇治原と戦ったブレインサバイバーⅡ。しりとり対決のところで負けて、本当に悔しかった。もうクイズ王をやめてもええんかなと思うと同時に、かわいがるべき後輩の宇治原を憎たらしいと思った。それが態度に出て、ひどいことを言ったこともあったかもしれん……やっぱり、悪い事をしたなぁ。
 その割とすぐ後に収録に挑んだ国民クイズ常識の時間。対戦相手のラサールさんと、お互い宇治原の登場で、俺らの仕事がなくなるんちゃうか、大丈夫やろうかなんて話したっけ。
 そこから少し離れてバッテンチョイスヘキサゴン。あそこでは確か、勝ったんやったかな……けど、一度宇治原にヘキサゴン指名されたことが、自分が甘く見られたようで悔しくなったんやっけ。
 さらに先に進んで熱血!平成教育学院。伝説の卒業生として満を持して戻ってきたはずなのに、算数問題で検算をしなかったなんて情けない姿を見せてしまった。おまけに宇治原にも負けて伝説が形無しだなんて、散々やった。あれも、ものすごく悔しかったなぁ。
 勉強して来ましたクイズガリベン。あれは、二点差で勝ったんだ。正攻法で挑んだら負けていたかもね? なんて思うたけど。けど、もうこのころになると「どうせ俺は宇治原には勝てないんだ!」ってやけになっていたかもしれないな。
 そして、忘れはしない二回目の超タイムショック……ここが、俺の分岐点やった。負けたけど、宇治原と大きなクイズ番組で全力で戦って、ようやくふっきれたんだ。本物の優等生に対して、元々落ちこぼれだった自分が無理して優等生のふりをするのはもうよそう、宇治原を潰すんやなくて、宇治原にクイズでぶつかることを楽しんでやろうってようやく思えた日やった。
 それからはあいつにたくさん負けたり、ごくまれに勝ったり。たくさん自分のミスをフォローしてもろたり、たまに自分がフォローしたり……楽しいことがいっぱいあったなぁ。楽しかったし、クイズ番組という舞台で一つの目標に打ち込んでいた。

(目標……あぁ、そうや。よう考えたらやりたいことはちゃんとあるな。あまりにも存在が当たり前すぎて、なじみすぎて、すっかり忘れていた!)
 思い返している間には声が全く聞こえなかったことで、さらに確信が強くなる。
『起き上がれ取り込め取り込め取り込め引き込め引き込め取り込め取り込め取り込め引き込め引き込め』
「うるさい!」
 執拗な頭の中の声に怒鳴り、起き上がる。一瞬だけ声が驚き、止まったような気がした。
「悪いんやけど、俺、やりたいことがあるから……邪魔しないでくれないかな?」
 ゆっくりと、転がされた剣に向かって歩く。
『やめろやめろやめろ、やめろやめろやめろ、取り込め取り込め取り込め引き込め引き込め取り込め取り込め取り込め引き込め引き込め』
「うっ!?」
 今まで以上に強い声が頭の中で響く。あまりの強さに崩れ落ち、立てなくなるほどだった。
「嫌だ、断る!」
 それでも辰巳は這いずり、剣に手を伸ばす。
「俺はまだクイズを楽しみたいんや! もっと遊んで、正解して喜びたい。何より……誰よりもやっぱり宇治原には勝ちたいんだよ!」
『……ならば俺が、その力を与えよう! 知恵ならいくらでも与えられる!』
 初めて、声がまともな言葉を発する。辰巳は少し驚いた後、不敵に笑う。
「知恵を? そうか、そりゃあいいものかもしれないね……でも、いらんなぁ。はっきり言って君は邪魔やな」
『何故だ! なぜだ!? あいつが憎いんじゃないのか!?』
「ううん。確かに憎たらしいやつやけど、もっと別の感情だな」
『何だと?』
「いいか? それは憎しみじゃなくて、先輩や元祖インテリとしてのプライドや意地、あと執着心や!」
 声を押し出そうと、叫ぶ。渇望だった。
「だからそうやってお前から変な力を借りて宇治原に勝ったって意味はないんや! わかるか? この『俺』が、この俺自身が石にかじりついて、しがみついて勝たないとだめなんだよ! 初めて宇治原に負けたあの日から、変わらずにね……俺が勝ちたいんだ! そうじゃなきゃ満たされないし、救われないんだよ!」
 辰巳の右手が、ようやく剣に届く。呪いの声が少しずつ弱まっていく。渇望をすべて吐き出すように叫ぶ。声の意思が小さくなり、自分の意思がどんどん大きくなっていくように感じる。
「だから君や偽者にクイズ界を壊させない! この惨劇を全部解決して、俺は宇治原とクイズで戦って、勝ちたいんや!」
 剣をしっかりと握り、立ち上がる。その瞬間、剣が銀色に輝いた。声が『……それでいい』と諦めまじりに響く。
『俺も、お前みたいに知恵比べを楽しみたかったな……生きていたうちに』
 その言葉を最後に、辰巳の頭の中から声は消滅した。代わりに頭の中は、辰巳自身の執念や思いや願望で隙間なくいっぱいいっぱいになっていた。
(俺、もう大丈夫なんか。そうやとしたら、本当に、何であんな声の思うままにされていたのやら……しかし、ラサールさんの言うてたことは、こんなに簡単なことやったんやなぁ。今度みんなに教えてみよっかな)
 体中についた汚れを払い、改めて剣を握りしめる。呪いが解かれたかのように、妙にすがすがしい気分になっていた。
「さて、どうしたものか。まずはあいつに囚われていた本物の賢者様を助ければいいのかな?」
 辰巳の瞳は濁った紫色ではなく真っ直ぐな赤色に、そして剣はまがまがしい魔剣ではなく、清廉とした聖剣のようになっていた。

「ふふっ」
 ミスのいる場所を目指す道中で、辰巳が不意に笑った。不思議に思った松尾が「辰巳さん?」と声を掛ける。
「いやね、全部終わった後のことを考えちゃってさ……やりたいことが、ぽんぽんと浮かぶわけよ。捕らぬ狸の皮算用だよな、こんなの」
「そうですか。でもそれっていいことですよ。絶対今やるべきことをやりとげようって思えますよね」
「うん」
「でも、辰巳さんのやりたいことって何なんですか?」
「うーん、内緒」
「あ、残念」
「そんなことより偽者、倒さないとな」
「はい」
『……必ずや!』
 二人と一柱は、ひたすら走る。

 一方で、ここは賢人神社の本殿前。
「はぁ、はぁ……見つけたぜ。ようやく会えたなぁ。まさか、こんなわかりやすいところにいるとは思わなかったぜ……ずいぶん遠回りしちまった。まったく、考えすぎたぜ」
 待ち構えていたミスと、駆けつけたラサールが対時する。ラサールは手に持っているバットをミスに向け、叫んだ。
「ミス。英雄として、世界の修正者として、お前を……説教しにきた!」
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主にヘキサゴンⅡクイズパレード(特に里田まいのおとぼけ)をネタにしていました。現在はブログでクイズ番組(主にQさま)のSSを書いているよ。pixivやっているよ。twitterもやっているよ右側にあるリンクとかから飛び込めるよ。下の方にメールフォームがあります

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