世界の修正者 第二十八話『断ち切りたかったもの』

「ミス。英雄として、世界の修正者として、お前を……説教しにきた!」
 これは、ミスと対峙してラサールが叫んだ言葉であった。
「……ふ、はははははは」
「何がおかしい?」
「ふざけるな!」
 ミスがそう叫び返すと、神社の木々がばさばさと揺れた。

「お前程度、お前ごときが説教だと? この俺に? 俺を誰だと思っている?」
「誰って、ミスだろ? それ以外の誰でもないだろ」
「そうだ。すべての賢者の子供を手駒とし、賢者になりかわる者だ! そんな俺に説教だと!?」
 清廉としていたはずの本殿の空気が一瞬で澱んだ。ミスの強い怒りがラサールに向く。普通の人間であれば足がすくむはずなのだが、ラサールは動揺することなく向き直った。未知の存在との対峙はもはや慣れっこだった。
「いーや、俺は大真面目だぜ? その子供みたいな考えに一発かます、目的は最初からそれ以外にはない!」
 しかし、ミスは何の前触れもなく剣を手に現し、ラサールに振るった。多少反応が遅れたラサールのジャージに、わずかに切れ目が入った。まともに斬られればひとたまりもない。ラサールはひとまず、剣が届かないであろうところまで離れた。
「おいおいおい、人が話している時に手を出すな! どこまでも子供だな!」
「問答無用! 俺はすべての賢者の子供を手駒にすると言っただろう! お前もその対象だ……さらに言えば、最もそうしてやりたい存在だ!」
「あぁそれは十分にわかっているから人の話ぐらい聞け! それにこのジャージ大事なやつなんだぞ! めっちゃかわいい女の子から誕生日プレゼントにと貰ったやつだぞ! どうしてくれるんだ!」
「それはそんなものをこんなところに着て来た方が悪いだろ!」
「それはそうだけど、やかましいわ!」
 ミスが剣を振り切った瞬間にラサール渾身の体当たりをするが、あっさりと受け止められる。それどころか片手で跳ね返されてしまった。ラサールは「あらーっ!?」と叫びながら、地面に転がっていった。
「ははは、その体当たりとやらで何度も危機を乗り切ったようだが、俺には通用しない! それが人間の限界だ!」
「そうだよなぁ……だからお前と話をしたいんだよ! 絶対に力では勝てないってことはよーくわかっているから『言葉』で何とかしようとしているんだよこっちは!」
 立ち上がり、服の汚れを払う。今、倒れるわけにはいかない。この千載一遇のチャンスを逃してはならない。そんな思いがラサールを支えている。痛みはあるが、苦しんでいる暇はなかった。
「だから、そんなただの人間の悪あがきだと思って俺の話を聞いてくれ! 話を聞いてもらうまではこっちは食い下がってやるからな!」
「……だったら、今までの自分に別れを告げる時間ぐらいはくれてやる」
 ラサールが真っ直ぐにミスを見つめる。不退転の決意を抱いたその目に、ミスは急に冷静になって一歩下がった。手に持っていた剣をおろす。譲歩の姿勢を見せるミスに、ラサールはどこか安心した。
(やっぱりあいつにもまだ、心が残っているかもしれない!)
「あぁ、話が分かる奴で助かったぜ。じゃあその時間で一つ、ミスに聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「断っても食らいつくつもりだろうが……何だ?」
 呆れた顔を浮かべるミスを気にすることなく、ラサールは質問する。
「えーっと……お前は何のために賢者になって、賢者になって何がしたかったんだ?」
「……は? 今更何を聞いているんだ。俺は賢者に復讐するために賢者になりかわろうと」
「そっちじゃねぇよ……あぁ、言葉が足りなかったな、悪い、もうちょっと具体的に聞くよ。お前がかつて『知恵の欠片』で倒され、先生に出会い、憎しみや悪意を捨ててセカイになる直前にだな、何のために賢者になって何がしたいと思ったのか、あるいはどうして賢者をあきらめたのか、とにかくあの時のお前はどういう答えを導きだしたのか? それが知りたいんだ」
 ラサールの問いに、ミスがかすかに動揺を見せた。ミスの弱みをしっかり突けたように思えてラサールは少し笑った。
(あぁ、見抜けちまう自分がつくづく嫌だ)
 人の弱みに付け込んで危機を乗り越えたことは、数えきれない。
「は……ははは、なにを言っているんだ? そんなことを今聞いて何になる?」
「何になるかはわからんが、ずっと聞いてみたかった純粋な疑問だよ。先生からお前が二つに分かれた経緯は聞いていたけど、分かれるに至った思いという『間』がすっぽり抜けていたんだよなぁ。気になってしょうがねぇから教えてくれないか?」
 ラサールはさも軽い質問を投げかけるように問いかけている。それを受けて思い出そうとしているのか、ミスが震え、言葉に詰まった。心の中ではいつまたミスが暴走するかと恐れているが、それを隠して冷静に振る舞う。
「さぁ、よーく思い出してみやがれ……セカイのことを取り込んだからには、絶対に忘れたとは言わせねぇぞ」
 さらにたたみかける。心の中で「答えてくれ」と強く祈る。ラサールは『憎しみや悪意と言った負の感情を捨てようと決意したかつてのミス』の存在にに賭けていた。セカイと分かれたままのミスが相手だったらこの方法は取れなかった。セカイを取り込み、わずかでも良心や純粋さも取り込んでいる可能性に賭けたのだ。力で勝つことができないなら、その弱みに付け込んだ説得以外に方法はないと考えていた。
(さて、鬼が出るか蛇が出るか)
 背負っていたリュックから水を取り出し、飲んだ。

 五分もの間、二人は動くことも口を開くこともしなかった。しびれを切らしたラサールが「なぁミス、そろそろ思い出せたか?」と問いかけ、うつむいているミスに近づこうとする。
「……俺、俺が賢者になりたいのは……あぁ、復讐だ、賢者への復讐のためだけだ!」
「あー、だからそれじゃないって!」
「わかっている!」
 ラサールを拒むようにミスが剣を振り回した。慌ててラサールは下がり、バットを構えた。
「そんな理由じゃない事はわかっている! わかっているが、思い出せないんだよ!」
「そ、そうなのか? だったらもうちょっとだけ時間をとったほうがいいか?」
「そうじゃないと言っているだろ!」
 ミスがいっそう強く叫んだ。異常を感じたラサールは「どうして?」と優しく問いかける。
「確かにお前の言う通り、復讐以外の違う理由があったはずなのはなんとなくわかっている……自分が二つに分かれたこともちゃんと覚えている。だが、思い出そうとすると急に頭が痛くなって、記憶がかすれて……何も思い出せない」
「待ってくれよ。そんなはずはないだろ。お前、セカイを取り込んだんだろ? セカイとしての記憶も持っているはずだろ!? そうじゃなきゃ……あの時、フジテレビの屋上で俺を見逃したのは何だったんだ!?」

『……こんなことになるなら、ラーメン、食わせてやったらよかったかもな』
 ラサールが思い出したのはセカイがミスに取り込まれた直後の出来事だった。セカイと交わしたしょうもない約束を守れなかったことへの後悔の言葉。ミスに殺されると思ったラサールがなんとなく呟いたあの一言。それが原因かどうかはわからないが、ラサールはミスに殺されることもなく今ここにいる。だが、もしもあの一言が原因だとしたら、間違いなく今のミスはセカイとしての記憶も持っているはずだ。いや、間違いなく持っているとラサールは確信していた。

「忘れているはずないやろ!? あの時の記憶が無いって、そんなのおかしいやろ!」
 必死にラサールが叫ぶが、ミスは首を横に振る。
「だめだ、だめだ。全然思い出せない」
「何で……何でだよ。忘れたなんて言うなよ……」
「それは……ずっと復讐がすべてだと思っていたからか? 賢者の子供を取り込むので頭がいっぱいになってしまったからか? あるいはずっと賢者や世界への憎悪に取りつかれていたからか? この世界になってからも、そんなことをしていたからか? それとも、あの時ああしたからか……」
 ぶつぶつとミスは後悔を呟く。ミスが呟けば呟くほど、ラサールの顔が青ざめていった。
「やめろ……そんなあっさり諦めないでくれ。もうちょっと頑張ってくれよ、なぁ? 大変かもしれねぇけど、大事なことだぜ? こっちは世界がかかっているってのに、お前がそんなんじゃあ、お前のことを信じて説教しにきてやった俺がバカみたいじゃねえか!」
「……すまないが、それが今の俺のすべてだ。セカイはおろか、かつての俺ももういないらしい……結局、一度憎悪や悪意に取りつかれた人間がすべてを断ち切るのは、やはり無理だったんだ」
「あ、いた! ラサールさーん!」
 ラサールの背後から声が聞こえる。振り返ると目に入ったのは辰巳と松尾の姿だった。
(ああもう、こんな時に!)
 欠片を飲み込んでいる辰巳は剣を持っているはずだ。へたしたら、超能力のようなものも使ってくるかもしれない。松尾はわからないがミスと辰巳、この二人に挟み撃ちされては勝ち目がない。ラサールは慌てて二人が視界に入る場所に飛び、バットを握り直した。しかし、辰巳が襲い掛かる気配はない。
「ラサールさん、あなたを助けに来ました!」
「え!? なんだって!?」
「同じくです。えー、ラサールさん。事情はともかく今は事実だけを飲み込んでください……辰巳さんはどうやら黒い欠片の声に打ち勝ったようなんです!」
「そうなのか!?」
「何だと!?」
 ラサールのみならず、ミスまでもが驚いた。慌ててラサールは辰巳に近づき、その姿を確認した。よく見ると瞳が赤く、剣は銀色にきらめいている。明らかに他の取り込まれた人間とは違っていた。ひとまず松尾の言う通り、その事実だけは受け止めた。様々な怪奇に触れすぎたが故に養われた適応力だった。
「本当に、ラサールさんの言う通りでした。自分のやりたいことと言いますか、自分でやりたいことをちゃんと持っていたら、声が止んだんです。ラサールさんのおかげです。ありがとうございます!」
「お、おぅ、そうか。そりゃあ、よかったな。おめでとう」
 心から感謝している様子の辰巳に、口が裂けても「あれはでまかせだった」とは言えなかった。しかし、そのでまかせを本当にしてしまった辰巳に感心すらしてしまう。漫画の世界でも現実の世界でも、心の力は最強なのだと思った。
「そうか、やりたいことをちゃんと持っていたから声に勝って……っておい、ミス! 見てみろよ!」
 辰巳を見て何かを思いついたらしく、ラサールはミスに向いた。辰巳を指さし、「あいつ、欠片の声を克服したんだぜ?」嬉しそうに言った。
「それってかなりすごいと思わねぇか?」
「あ、あぁ……確かに、今までになかった選択肢だ」
「……ん? 何かミスとラサールさん、様子がおかしいですね」
「いいの? 偽者を斬っていいのか?」
「今ミスと話しているから、もうちょっと待っていてくれ!」
「あ、はい」
「偽者に話って通じるんだ……でも何かあったら言われなくても助けますからね!」
「あぁ、ありがとう」
 辰巳は剣を手に、笑っていた。
「なぁ、ミス。黒い欠片っていう怨嗟の塊のような呪いに辰巳って言うただの人間が勝てたんだ。それなら、憎悪を断ち切るぐらい一度はセカイという神になれたお前にできないはずがない。そう思わねぇか?」
「俺に……俺にも、できるって?」
「そうだ。できないとか無理だとか思っていたらできないのは当たり前だ。けど、誰かにできたって可能性を知っていればまた違う気がしないか? しかも、どうやって成しえたかもわかっているんだぜ? ゲームで言えば最初から攻略本持っているようなものだ……だからミスも、ちょっと、やってみてくれねぇかな」
「それは……時間がかかるし、できるかどうかすら、わからないよ? 攻略本を持っていたって、できない人にはできない」
「俺は待つさ。あの時も二年近く待てたんだから、多分あと数年ぐらいは待てるさ。それに、俺はお前ならできるって信じているんだからできないことを考えないでくれ」
「……そりゃあ、ラサールは待てるかもしれないけど、他の人は? ずいぶん酷い事をして、許されるはずがない。たとえ俺の力で世界を変えたとして、記憶をすべてなかったことにしても、俺にとってはやってしまったという事実は消えない」
「説得する。林先生を説得できた俺を信じてくれ。そうだ、世界を変えようが変えなかろうが、そいつらへの償いも一緒にやればいいさ! やりたいことがあるなら、誰かを憎んでいる暇はないはずだろ?」
「うーん。確かにそれはラサールさんの言う通りかも。俺も大学時代、演劇や麻雀に明け暮れて勉強している暇がなかったし」
「辰巳さん!」
「それは違うだろ!」
「えー、話がそれました」
 ラサールと松尾に怒られ、辰巳が申し訳なさそうに目を伏せた。三人の様子を見たミスが「ふふふ」と笑った。
「お前……笑ったのか?」
「うん。あのさ、ラサール……俺にも本当に、できるかな」
「……できるさ」
 ミスが救いを求めるようにラサールに近づく。ラサールも少し驚きながら、ミスに近づく。そんな二人を、辰巳と松尾、賢者はじっと見守る。
 だが手を伸ばせば届きそうなほどに二人が近づいた瞬間、ラサールの脳が閉店した。
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Author:特効さん
主にヘキサゴンⅡクイズパレード(特に里田まいのおとぼけ)をネタにしていました。現在はブログでクイズ番組(主にQさま)のSSを書いているよ。pixivやっているよ。twitterもやっているよ右側にあるリンクとかから飛び込めるよ。下の方にメールフォームがあります

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