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世界の修正者 第三十二話『世界は漫画でできている』

「な、なんやこれは!?」
 自身を包み込んでいた暗闇が晴れた時、ラサールが目にした物は摩訶不思議としか言いようがない光景だった。何冊もの漫画本のようなものが床に、宙に、方々に散らばっているのだ。
「どうなっているんや一体!」
 ラサールは引き込まれるように漫画を一冊手に取り、ページを開き、読んだ。そこには様々な景色が描画されていた。懐かしい景色から、つい最近見たような景色まで様々――まるで、世界の出来事をそのままコミカライズしたように生き生きと描かれている。惹かれてまた一冊手に取る。それは先程読んだものとは微妙に内容が違うようだった。
 多くの漫画本の中でひときわ目立っているのは、テーブルに置かれ、開きっぱなしになっている一冊だった。ページはある場面――ラサールが剣を高々と掲げたシーンで止まっている。
「この漫画ってまさか、世界そのものなんか?」
「ご明察」
 何気なく呟いたラサールの一言に返って来た声。レッドの機械じみた音声ではない。声に反応して振り返れば、気の良いおじさんとでも言うべき男がいた。
「せ、先生!?」
「お久しぶりですねぇ、ラサールさん」
「オヒサシブリデスネ」
 突然姿を見せた先生は、相変わらず穏やかな笑顔を浮かべていた。


「――それで察するにだなぁ。例えばこの開きっぱなしの漫画が今俺がいる世界で、それ以外の漫画はそれ以前、あるいは以後に存在していた可能性のある世界。つまりはパラレルワールドってことか?」
「その通りでしょうね」
「それってつまり、この漫画の中に俺が元々いた世界があるはずだってことか!」
「だと思いますよ」
「よっしゃあ! で、元の世界の漫画ってどれや?」
「さぁ?」
「は?」
 即答だった。一瞬何を言われたのかがつかめず、ラサールは思わず首を傾げた。
「……え、先生、わからないわけ?」
「あぁ、「さぁ?」なんて返したから誤解しましたか。すみません。わかりますよ。私を誰だと思っているんですか。世界の神様ですよ? この程度の数の世界は見慣れていますからね、特定なんてたやすいものです。ふっふっふ」
「知っているんやったら教えて欲しいんやけど」
「嫌ですよ」
「は、何で!?」
「あのですねぇ、前にも言ったはずでしょう。私の流儀は『無理して世界の流れに逆らうことはない』です。世界の変更に自ら関わることをよしとしない……それが、私です」
 先生はとてもほがらかに言い切った。ラサールの頭が一瞬、熱くなった。
「はいはいそうやった! だったら何でこんなところに来たんだかなぁ」
「世界の神である『セカイ』としての義務だからしかたがないでしょう」
 凄まじく面倒くさそうに問いかけたラサールに対して、先生も負けじと、ではないだろうが即答する。
「セカイ以外の誰かが直接的に世界を変えるならば、私はそれを傍観しなければなりませんからね」
「……だったら、そうやってミスのことも傍観していたのか」
「えぇ。あの世界のどこかで」
 あっさりと言い切ってしまう先生にラサールは驚いた。あれだけの改変が行われたというのに、ただ見ていただけと言うのだ。すべての変化をそれもまた世界だと受け入れているようにも取れるし、どう変わろうと知ったことがないというようにも取れる。
(そんな先生に、俺のやることはどう映るんやろうか。ま、それでも、引き返すわけにはいかないからな)
 ラサールは顔をごしごしと洗い、改めて世界を変える覚悟を決めた。 
「そうか。だったら、大人しくそこで見ていてくれ。いつまでかかるかわからんけど、絶対に元の世界を取り戻してやるからな!」
「……人間にどこまでできるか、お手並み拝見といきましょうか」

 ラサールはモンスターレッドをポケットから取り出し、ラサールが立っている床らしき場所に置いた。
「よっしゃあ、レッド! ミスが最初に世界を改変した時点から最後に改変した地点までのTokipediaの更新履歴をすべて展開できるか?」
「シバラクお待ちくだサい。なうろーでんぐなうろーでんぐ」
 ローディングの時間に比例して、床に履歴が次々と映し出された。この空間はとても都合良くできているようだ。しかし、履歴の膨大さにラサールは息を飲む。
「世界、こんなに改変されていたんか……!」
 改変の始まりは1980年代後半。そこから到底目では追いきることができないほど断続的に世界は改変されているようだった。
「さすがにこれは把握しきれねぇな……紙とペンはないか!?」
「電子的ナモノデよけれバ」
 何もない空間に白い板とペンらしきものが現れた。
「よし、十分だ!」
「ナニヲするつもりです?」
「俺が元いた世界で起きた主な事件と、元いた世界では起きていなかったが別の世界で起きた事件をすべて洗い出すんだよ」
「ナールホド。たったらワタクシのケンサクで絞り込みヲすれバ」
「いや、俺がやる」
「ソ、ソレハ、かなりのタイムがかかりますヨ?」
「わかっている。けど、ただの人間が世界を変えるんや。それぐらいはやったらんとなんか、罪悪感がね……」
 あれほど望んていたことなのに、ひとまずはただもとに戻すだけなのに、ラサールは世界を変えることに抵抗を抱いていた。ありとあらゆる世界が持つ可能性に真正面から向き合わなければならないからだろうか、とラサールは考察する。
「まぁ、それも結局はただの自己満足やけどな。付き合うてくれるか?」
「……ラサールサンガソウオッシャルナラ、ソノママニ」
 モンスターレッドはそれを受け入れ、白い板とペンを増量したのであった。

 ありとあらゆる世界を眺めることは、一見楽しそうなことである。しかし実際は、人間がやるには恐ろしく過酷であった。人間、誰しも何かしらの後悔を心の中に抱えているはずだ。それをただ自分で思い返すのではなく、ありのままを見つめることは当然ながら心が痛んだ。もしもあの時にああしていれば。あるいは、ああしていなければ。誰もが一度は考えることだ。
 時おり苛まれながらも履歴をすべて眺め、どうにか必要な情報をまとめることに成功したラサールは漫画を探す作業に入った。しかしそれはただ出来事を並べた文字列を眺める以上に過酷だった。漫画には生き生きと世界で起きた出来事が描かれているため、より直接的に向き合うことになるからだ。
 もしもあの時にああしていれば。あるいは、ああしていなければ。普通ならば不可能なことなので何もしないが、今のラサールは違う。自身の手には世界を変える力があるのだ。そうなれば、変えてしまいたいという誘惑に駆られるのは必然であった。
 無意識のうちに、ラサールは後悔を残している場面のページに手を伸ばそうとしていた。
「ラサールサン?」
「……はっ!? いかん、俺は元の世界に帰りたいだけなんや! こんなことしている場合やない!」
 モンスターレッドに声を掛けられ、ラサールは慌てて手を引っ込めた。そして漫画をひたすら精査する作業に戻った。

「ねぇねぇラサールさん」
 背後で傍観している先生に声を掛けられた。
「な、何だよ突然」
「あぁ、手を止めずに。そのままでいいです。そのまま私とちょっと話でもしませんか?」
「どういうつもりだかわからんが、それもいいかもな。気が紛れて」
 目は漫画に。耳は先生に向ける。
「ラサールさん。あなたはただ世界をもとに戻すだけのつもりですか?」
「まずはそれだな。けど、それだとまた繰り返しになる。だからそうならないように一か所だけ変えたいところがある。それも本当にベストな改変かはわからないが、それで俺のやりたいことは終わりだな」
「本当の本当に、他の場所は変えないんですか?」
「……さっきから、何が言いたいんだ?」
「あなたが体験した悲しい出来事、不幸な事件を回避する気はないのですか?」
「あぁ、ない!」
 先生の問いに、間髪を入れずに否定してみせた。
「そりゃあ、悲しい出来事なんてできればないほうがいいぜ? 例えばさ、ここ」
 ラサールが指さしたのは、ある漫画に描かれた『2008年3月26日のヘキサゴンⅡ』の一場面だ。
「ここでたくさんの人が苦しんで、それを何度も繰り返して来たんだ。結局乗り越えて、記憶からなかったことになった人もいれば、俺みたいに未だに覚えている人もいる……こんなこと、起きない方がいいに決まっているやろ?」
「でしたら、なぜそれをしない?」
「そうだなぁ。一度繰り返しを止めようとして実際止めた体験をしていたり、これから一か所だけ世界を変えようとしている俺が言えるセリフじゃないかもしれないけどさ……その悲しい出来事が起きてもそれを乗り切ってきた人を見てきたからかもな。おっと、これはあれが起きていないから違うな」
 目当ての世界ではない漫画は閉ざして積み上げ、ラサールは続けた。
「例えばさ、大切な人が亡くなったら悲しいやろ?」
「そうみたいですねぇ」
 いかにもわかっていないような先生の返しに「そう言えばこいつ神様だった」と改めてラサールは思ったが、深入りはしない。
「それでも時間は流れるし、働かなきゃならねぇし、食っていかなきゃならねぇし。ずっと悲しんでいる場合やなくて、どこかで折り合い付けなきゃならない。そうじゃなきゃ俺が死んでしまうからな……不思議なことに時がたてば悲しみって結構薄れるんだぜ? 別に薄情だとかそういうわけじゃなくて、そうなっているんだよ。気が付けばいないのが当たり前になってしまう。そんなことをやっているうちに結局こうして今も生きているわけだ」
 例えば、そんな悲しい出来事が起こらなかった可能性のある世界を表現している漫画を見つける。
「そこまでくると、そうやって乗り越えて来た時間も結構大切なものになるわけだ。その人と過ごした時間と同じぐらいな……俺には、その乗り越えて来た時間を捨てる勇気がないんや」
 悲しい出来事の起こらなかった世界の漫画を閉ざし、ラサールは言った。
「その時間を失ったら自分がどうなっていたのか想像がつかないから怖いんだよ。もしも程度に考えるぐらいならありだけど、本当は見るのも知るのも怖い。さらに言えばな、あの悲しい出来事をなくしたことで、その後に味わった楽しい事もなくなってしまう可能性を考えると怖いんだ。たとえば、これとかな」
 すっとラサールが指さしたのは、教会で三線を演奏するラサールとそれに合わせて歌う女性が描かれたページだ。ラサールの顔が少しだけ赤くなっていたのは気のせいだろうか。
「こういうのってさ、なくしたくないんだよ。だから、悲しい出来事までなくしたいとか、そこまで手を伸ばせない。結局最後にすがりたいのは、自分が過ごしてきたと確実に自負できる時間だけ。そういうこった……」
 それでも悲しい出来事を残すことに罪悪感があるのか、ラサールの声は震えていた。

 どれほどの時間が経ったのだろうか。あるいは、世界では時間が流れていないことになるのだろうか。とにかく何十冊もの漫画を精査したが、未だに目当ての漫画は見つからない。
「まだこんなにあるのか……というか、そもそも何で世界が漫画になっているんだよ。ついうっかり燃やしたり廃品回収に出されたりしたらどうするんだこれ」
「あなたが世界をそのように捉えていて、そう見えるからでしょう。人によっては例えば、電車の通る線路に見えるようですよ? もっとも、実際の世界の仕組みがそうとは限りませんけどね?」
「そうなのか? 案外、先生もわかっていないだけだったりして」
「むぅ」
 はたと先生が黙り込む。ラサールは思わず「図星かよ!」と突っ込んだ。
「そんな解釈、した記憶ないんやけどなぁ」
 なぜ、世界を漫画になぞらえたのか。心当たりはないが、その理由が少し気になった。確かに、普段でもある物事をよりわかりやすい別の物になぞらえることはよくある。ただ、それが世界と言うあまりにも不可思議なものであるだけだ。自身が世界をわざわざ漫画にたとえたのは、無意識のうちにそれが一番わかりやすかったからだろう。
「……ちょっと待て、レッド」
「ハイ」
「俺の本来の目的は、世界を一度もとに戻した後、ある一か所だけを改変することや」
「ハイ」
「もし俺が今、元の世界の漫画本を見つけたとして……それを改変する方法、あるか?」
「ア!」
「そうだよ! すでに製本された漫画に手を加えるなんて、そうそうできることやない!」
「エエ、ダッタラ」
「今の俺に必要なのは製本済みの漫画じゃねぇ……製本前の、たとえば原稿の方がよっぽど必要なんだよ! ちくしょう、気づくのが遅すぎた!」
 気が付いたラサールは漫画に目を一切向けず、原稿が無いか探し始めた。
「ただ世界を元に戻すだけやったら元の世界の漫画を見つけてページを開くしかないやろうけど、これから世界を変えようとしている今の俺に必要なのは、断じて元の世界の漫画やないってことや!」
 ラサールは駆け回り、原稿を探す。不意に、テーブルの存在を思い出す。よく見ればそこには引き出しがあったような気がする。駆けつける、そして勢いよく開く。
「あ、あった! あったぞ!」
 引き出しの中には、漫画の原稿のようなものが入っていた。確かに、いつかの世界の出来事が生き生きと描かれているように見えた。
「なぁ先生、ミスが二つに分かれたのはいつだ?」
「あぁ、この時ですね」
 先生が原稿のあるページを指した。すんなり教えてくれたことにラサールは少し驚く。
「こいつか」
 緑広がる森で、ミスが苦悩している姿が描かれていた。
「よっしゃあ! 待っていろよ、ミス……今、説教しに行ってやるから!」
 ラサールはテーブルにそのページを置く。場面に意識を集中させ、剣をペンのように握った。
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特効さん

Author:特効さん
主にヘキサゴンⅡクイズパレード(特に里田まいのおとぼけ)をネタにしていました。現在はブログでクイズ番組(主にQさま)のSSを書いているよ。pixivやっているよ。twitterもやっているよ右側にあるリンクとかから飛び込めるよ。下の方にメールフォームがあります

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