世界の修正者 第三十四話『おかえり』(終)

 世界を変えたという実感は、全くわかなかった。
 だから祈るしかなかった。世界は変わったのだと。それも、可能な限りいい方に。

 背中に、硬くて冷たい感触を覚えた。前にも同じようなことがあったような気がする……そうだ、賢人神社の石舞台だ。
「ラサール、起きて! こんなところで寝たら死ぬよ!」
――んなわけねぇだろ。
 聞き覚えのある声が聞こえる。そして誰かにゆさぶり起こされ、ラサールは目をゆっくりと開けた。ラサールの視界にはカラフルで派手な衣装と黄金の冠を身に着けている少年がいた。
「死んじゃだめだよ。ラサールうぅっ!」
「起きてるから静かにしろ! ここは神社やろ!」
「んぐっ!」
 ガバリと起き上がり、ラサールは少年の口をふさいだ。少年――愚者が手足をバタバタとさせ、抵抗する。
「死んでないし、死なへんわ! 見てみぃ、目ぇ開けてるやろ!」
「ほへんにゃひゃーい!」
 きっと「ごめんなさい」と言ったのだろう。ラサールはようやく愚者から手を放した。

「いやー、ちょっと石舞台に来てみたらラサールが寝ていて、起こしても起こしても、びくともしなかったから死んじゃったものだと……」
 舌を出しながら、お茶目に愚者は言った。さすがに死んだと思ったは大袈裟だろうと思うが、心配していたのは本当らしい。
「あー……そりゃあ、寝起きが悪くて悪かったな」
 ラサールはきょろきょろとあたりを見た。とても静かで、淀みがなく、清廉とした空気が心地いい。自分がよく知っている賢人神社の空気だった。何とも言えない安心感があった。
(そう言えば世界は、平和になったのか?)
 気になるが、どうやって知ればいいのかわからない。Tokipediaでわかるのだろうかと思い、ポケットに手を入れようとする。
「でもそんなにぐっすり寝ていたなんて、何か、夢でも見ていたの?」
「夢、か……」
 愚者に問われ、ポケットに入れようとした手を止めた。ラサールはふと考えた。
「確かに夢は見ていたけど、聞きたいか?」
「うん!」
 夢の話と称して自分が体験したことを愚者に話せば、答え合わせになるのではないかと。

 ラサールは滔滔と自分が体験したことを話した。
「始まりは突然だったな」
 すべては『知恵の欠片』の後の話だ。セカイと名乗る青年との出会いから始まった。
「世界が改変されているなんて話聞いて、普通の人間だったら信じられないよな?」
「夢とはいえ?」
「そうだなぁ……」
 セカイに頼み込まれて、世界を元に戻す手伝いをさせられるはめになった。時間も世界も超えた。
「世界を変えている奴ってのは、面倒な存在だったな」
「面白そうだけどね、その眞人ってやつ」
「自分と関わりあいにならなけりゃな!」
 眞人と名乗った悪魔は、最初から最後まで自分の邪魔をしてきたなぁと思い出す。この世界の眞人がどうしているかは……別に、知りたくなかった。大人しくさえしてくれていればいい。
「……まさかセカイが、元はミスだったなんてな。そしてもう一人のミスが、世界を変えていた」
「えーっ!?」
 あれから、ミスは二つに分かれたこと。片方は世界の神様になり、もう片方は世界を変える黒幕となっていた。
「知恵の欠片の改変、正直、あれが一番辛かったな」
 あの『知恵の欠片』でミスを倒すことができず、支配されてしまう世界が作られた。自分はインテリ達の敵となっていた。
「ひどい扱いだね!?」
「全くだ。元は英雄なのにだぜ?」
「自分で言っちゃうんだ、英雄って」
 それでもどうにか味方を探し出し、ミスの暴走を止めようとあがいたし、変わり果てた世界で長い時間を過ごした。
「それが、まさかあんな終わり方するなんてなぁ。俺は、あいつを助け出したかったのに」
 結局ミスは悪魔の手によって討たれた。そんな結末を迎えた世界でまた少しの間だけ過ごした。
「けど、どういうわけかここに戻って来れたんだ。何の因果かねぇ」
「夢から覚めたってことじゃなくて?」
「うん……」
「その後に夢から覚めたと」
 そして世界を変える力を手に入れて、ようやくここに戻ってきたことまでしっかりと話した。
「……あー、こんなに喋ったのは久しぶりやな」
 トークを回すことは得意だが、自分がメインで喋るのは少し苦手だとラサールには感じた。それでも愚者は首を傾げたり、時折はっとしてみせたりと、興味深く聞いてくれていた。相変わらず子供っぽい愚者だったが、そんな愚者の天真爛漫な様子に今は救われている。
「へー……大冒険だったんだね!」
「あぁ」
「けど、全然違うよね」
「……そりゃあ、どこらへんが?」
 ラサールの言葉に愚者がさらにかくんと首を傾げた。普通の人間であれば、夢の話と実際の世界の話が乖離していることはわかりきっていることなのは確かだ。だが、ラサールは今いる実際の世界の話を知らない。
「何でそんなこと聞くの」
「あぁ、アレだ。寝起きだからな、ちょっと、頭が」
「バカになっちゃったの? 可哀想に……」
「うるさいな! いいからどこがどう違うか教えやがれ!」
「わ、わかったよ! もう!」
「おう、言え言え!」
 愚者の言葉を聞き逃さないように、ラサールは集中した。
「だって、クイズ界は今とっても平和じゃん! ラサールが見た夢みたいなドタバタ劇どころか、他の事件も一切起こっていないぐらい平和だよ!」

『五人の賢者の子供たちがミスを討ち取ってから今まで間、クイズ界はとても平和だった』
 
 愚者の言葉によってそれを確信した時、ラサールは心の底から安堵した。
「本当に、ラサール含めあの五人には感謝しきれないねと言うか」
「そっか、そうか、よかった……!」
「え、何をいまさら平和をかみしめているようなこと言ってんの?」
「平和は大事やろ! かみしめさせろ……あんな夢を見ていたんだ。平和をありがたく感じたっていいだろ?」
「……うん」
 どこか悲しげに言うラサールを見て、愚者はもう茶化したり馬鹿にしたりしようとは思わなかった。

 二人はしばらく、石舞台に寝転がっていた。
「ここ、寝転ぶにはちょっと硬いよね?」
「硬いな。なんてったって石舞台、石だからな」
「じゃあなんでこうして寝転んでいるの?」
「何となくだな……落ち着くんだよ。石舞台って」
(そう言えば、すべての始まりもここだったかもしれないな)
 石舞台で賢人神社の神主に起こされた後に世界の改変に気が付いたのだから、きっとそうだと思った。
 ミスとの決着をつけたのもこの舞台だった。
 すべての始まりと終わりの舞台となった石舞台。愛着……というわけではないが、不思議と惹かれていた。
「……ねぇ、ラサール。ミスがどうなったか知りたい?」
 ごろごろと寝転がっていた愚者からの唐突な提案。それは、今のラサールが最も気になる事だった。ラサールは再び勢いよく身を起こした。
「え!? お前、そんなこと知っているのか!?」
「うん。実はずっと黙っていたんだけどね。何だか、言いづらくて」
「言ってなかったのかよ!?」
 そこは言っておいて欲しかったような気はしたが、よしとした。ラサールにとっては好都合だった。
「まぁそれはもういいとしてだな、教えてくれ!」
「えっと、ミスは……」
 寝転ぶ姿勢はそのままに、愚者はしゃべり始めた。
「あの後、一度だけこの神社に来たんだ。ミスにばったり出くわした時、最初俺と賢者は警戒していたんだけど、何だか雰囲気が違っていて……大人しくなったって言うか、丸くなったってカンジがしたなぁ」
「それで?」
「あいつ、ゆっくりと俺たちに頭を下げたんだ」

『賢者、愚者……すまなかった』

「あいつ、そんなことを言っていたのか……!」
 罪に気が付いて謝ったのはかなり大きな進歩だと思った。ミスは変わることができたのだろうと思った。
「頭を下げて、それだけ言って、どっか行こうとしたから。俺、「どこ行くんだコラ!」って怒っちゃって」
「なかなか辛らつだな!」
「だって、許したわけじゃないからね。賢者たちが許しても、俺は許さないね」
「そりゃあ、そうだな」
「でも俺が怒ったらあいつ、足を止めたんだ」

『どこに行くか、か……詳しくは俺にもわからないよ』

「何じゃそりゃ。何言ってんのこいつ? って思ったんだけどさ。その後の言葉がね」

『けど、できることならもう一度、この世界に生まれたいとは思うな。この世界のどこかに生まれて、今度こそちゃんと『知恵比べの儀』……今なら『クイズ』って言うのか? それを、盛り立てたい』

 愚者によって語られたミスの残した言葉を聞いて、ラサールは感づいた。
「あいつ、世界の神様にはならなかったのか……? じゃあ、あいつがなろうとしたのは」

『人間になりたくなったんだ』

 世界の神様になるはずのミスは、人間になろうとしていた。
「どう思う?」
「よりにもよって、人間か……何でだよ。せっかく、世界の神様になれるぐらいの力があるのに、どうして人間になろうなんて思うんだ」
「そう? いい選択だと思うんだけどね、俺は……なんだかんだでクイズ界を救ったのは結局、クイズ界にいた人間たちだし。そう考えたら案外、人間って強いじゃん? 憧れてもいいんじゃない?」

『何せ、俺の事を呑気に待ってくれる人もいるからな』

「そういえばさ! 待ってくれる人ってラサールのことでしょ?」
「……どうかなぁ」
「だってあいつに、『俺は、待っているよ』って言ったじゃん! けど、間に合うかな?」
「何がだよ」
「もし今ミスが人間としてゼロから生まれ変わったとしたら、クイズ界に関われそうなのって20年後ぐらいでしょ? その時ラサールの年齢っていくつになるの?」
「そうだなぁ、ギリ、平均寿命よりは若いぐらいか?」
「まぁ寿命は何とかなるとして、それまでクイズ王として現役でいられる?」
「無理に決まってるだろ! ボケるわ! 芸能人クイズ王最年長と言えば石坂さんが今……いくつだっけ。それでもさすがにそこまでなれる自信ねぇよ……」
「じゃあ、ミスのこと待てないの!?」
「……そんなことはないやろ」
 力を込めてラサールは愚者に言った。
「そもそも今の俺ですら、クイズ番組に今後出られる回数なんてたかが知られているからな。下手したら一回もないかもな。そんなことはとっくの昔っから思っていたよ。だいたいヘキサゴンⅡ終わってから特にそう思うようになっていたかな? そりゃそうだ。昔は俺と辰巳しかクイズできるやつがいなかったけど、今は次々と若い奴らが台頭しているからな。東大卒の芸人とか、昔は考えられなかったよな? そうなると、たかが早稲田中退の芸人である俺は幅を利かせられなくなるわけだ」
「でも辰巳は頑張っているじゃん。この前もなんか、Qさまで優勝していたよ?」
「あいつは変わっているんだよ、昔から。あいつの場合、明確なライバルがいるのも大きいんじゃないか? 俺はしょせんやられ役だからな!」
「じゃあもっと、待っていられるかどうか不安だと思うけど……」
「ところが、それでも大丈夫なんだよ……なぁ、知ってるか? 俺の芸能生活の中でクイズブームはもう三度どころか、もっとあったんだ。廃れては流行り、廃れては流行りの繰り返しだ。そりゃあ、世代交代も進むわけだ」
 うんうんと愚者が頷く。
「けど世代交代が進んで俺が出られなくなったからと言って、俺とクイズが完全に縁が切れるなんて思わないね。俺がクイズ王だった事実はなくならねぇし、クイズに対してできる事はいくらでもあるはずだろ。勉強は一生続けるつもりでいるからな」
「熱心だね!」
「だからたとえ直接的に関われなくても、何か別の形で関わるなりできればそれでいいんだよ。俺はそれぐらいクイズが好きなんだ……だから多分、何らかの形であいつのことは待てる、と思いたいね」
「じゃあ俺も、待てるって信じてあげるよ。何なら、神の加護でも与えてあげよっか?」
「……もらえるものだったら、貰っておこうかな」
「オッケー、任せて!」
 ふと、上を見る。適度に雲が散った青空だった。
(あいつ、もう人間になれたのか? それともまださまよっているのか?)
 そんな疑問を抱えながら、ラサールは青空に向かって問いかけた。
「ミス、元気か?」
 もし今ミスがこの世界のどこかにいるならば、同じ空を見ているかもしれないと思ったからだ。










 少しだけ未来の世界の話をしよう。
 十分にクイズ界の平和を謳歌したラサールの前に、一人の青年が姿を現した。
「ずっと、待った? 元気にしていた?」
 全く見覚えのない姿だった。それでも、初対面の人間に対する驚きのようなものはなかった。青年に返す言葉は、ラサールの口から自然とこぼれた。
「あぁ……おかえり」

――すべての戦いは史実に残らないまま、物語は終わった。
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プロフィール

特効さん

Author:特効さん
主にヘキサゴンⅡクイズパレード(特に里田まいのおとぼけ)をネタにしていました。現在はブログでクイズ番組(主にQさま)のSSを書いているよ。pixivやっているよ。twitterもやっているよ右側にあるリンクとかから飛び込めるよ。下の方にメールフォームがあります

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